松阪店,店長の福本プロフィール

松阪市 外壁塗装 リペイント匠

こんにちは!リペイント匠 松阪店の店長をさせて頂いてもらっている福本です。津市、鈴鹿市は勿論ですが、松阪店の市民の皆様に頼られる店長、愛される会社にしていきたいと思います。外壁塗装は勿論ですが、屋根塗装(塗り替え)シロアリや風呂、キッチンなどの各種リフォーム工事などもお気軽にご相談してください!

いかにプロフィールも書いていますが、本当に時間の空いた時に読んでくださいw

役職 松阪店、店長
氏名 福本 裕太(ふくもと ゆうた)
職人歴 10年
一言 お客様満足度・クオリティーどれも一番目指して頑張ります。お客様アンケートの返信率1番です♪

幼少期~学生時代 家族

1994年に度会郡玉城町宮古という静かな場所で産まれ育ちました。スポーツが好きで小学校の頃は玉城JBCスポーツ少年団というチームで野球を、中学校の頃はバレーをしてました。
(ちなみに野球は5番センターでキャプテン、バレーはリベロでキャプテンでした)

父は僕が産まれる一年前に脳出血という病気になり、左半身麻痺と言語障害の後遺症を持っていました。ですので、物心ついた時から父の身の回りの世話などを自然にするようになっていました。

勝手のきかない父に変わり靴を持ってきたり車椅子を押したりなど、物心のついた時から手伝っていたのを覚えています。家に来るお客さんに褒められたりするのが嬉しかったです。(今も褒められて伸びる子です笑)
母の収入も少なかったので、金銭的にも厳しい生活でした。そして自分で自由に出かけられるような年頃になると友達も多かったので、夜遅くまで遊ぶ日が続いていました。

社長との出会い

社会に出て

僕がこの仕事を始めたのは津市の友達に塗装の仕事を紹介してもらったのがきっかけでした。

そこからは住み込みで10か月ほど同じ塗装屋さんで働かせてもらいました。その10か月間は仕事でも殴られ帰っても殴られ、挫けずただ耐えました。現場では親方が塗り残している箇所を僕が直していると「そんなんしとったら遅くなるやろ!」と怒られたりと、綺麗に仕上げようとしても仕上げられない環境にストレスが溜まりました。

また給料も25日働いて8万円、そこから家賃が5万円引かれて手取りが3万円と苦しい生活でした。

親方に「給料が少ないんですけど」と相談に行くと「現場で物を壊したで引いといた」と言われ、この時は『現場仕事はこういうもんなのかな』と思っていました。

そんな時に当時の親方と久保社長が十代からの付き合いある同級生らしく、家に連れてきたのが、久保社長でした。

初めは『怖そうな人だな』と思いましたが、何回か仕事で一緒になり相談に乗って下さったり、「給料貰えやんだりしたらいつでも言うて来いよ」と当時の僕には有難い言葉をかけてくれました。

それからも生活は変わらずこのままでは駄目だと思い久保社長に助けて頂き辞めることができました。

リペイント匠に入社してから

外壁塗装:リペイント匠

入社したときは髪の毛は金髪でチャランポランでした。社長には色々と助けて頂いたという感謝の思いはこの時から『いつか社長のようになりたい!一緒に一番の会社を作りたい!』というのが僕の目標になっていました。

入社すると同年代の職人が多くて、とにかく負けるのが嫌だったので毎日が負けないように必死でした。

初めて現場の責任者として行かさせてもらった時、毎日事務所で夜遅くまで鈴木代表に色々と教えてもらいながら現場を進めていました。

塗料の発注を間違えたり、段取りも悪く指示もうまく出来ず、真夏の暑い日続きの中、毎日一緒に仕事をしている職人に残業ばかりさせていたので、仲間には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

完了になり代表と人件費を計算すると大赤字でしたが、代表から「最初やで仕方ない。お客様は喜んでくれたか?」と聞かれて「大分満足してくれています!」と言うと「じゃあいい」と行ってくれました。

最後の片付けの日、お客様に「明日から会えなくなると寂しいね」と涙を流して喜んでくれました。

この日に本当の意味で「お金を頂いているのだから、喜んで頂くのは当たり前、感動して頂いてプロだ」という久保社長の言葉の意味が分かりました。

それから月日は立ち23歳の時に独立をして仕事をしていたのですが、給与はドンドン良くなり、従業員も入社して順調だったのですが、久保社長に「職長のポストが空いとるから〇〇にさせようかな、と思うけどどう思う?」

と聞かれた時に〇〇君は自分より後に入社してきた後輩でもありましたし、技術や責任感も負けないし、自分が職長をした方が必ず会社が良くなると思いました。

またリペイント匠に入社したきっかけである「社長のようになりたい!一緒に一番の会社を作りたい」という原点に返り、再び社員に戻り職長をする事を決意しました。

そして仮の職長になり、とにかくみんなから信頼されるような職長になりたいと思いましたので、社員と休みの日に一緒に遊んで、色々話を聞いたり、職人も気軽に社長に言いにくい事も言ってくれたり、休みの日でも「仕事を教えてください」という職人がいれば休みの日でも津店でよく仕事を教えていました。

津市 外壁塗装 リペイント匠

技術だけでなく、お客様満足度でも返信率は、自分が一番良かったので、技術だけでなく、どうしたら「お客様に感動して頂ける工事」が出来るかなど今も継続していますが、勉強会をしています。

そんな色々な行動を認められたからか、職長になりました。職長の仕事は多いのですが、現場作業をしながら全体の現場の割り振り・管理、部下の育成、お客様満足や技術の勉強会などが主な仕事になります。

現場の割り振りは、この職人なら良い、この職人だと普通みたいなのが、なんか嫌でどの現場でもお客様満足度が最高になるように常に勉強会などをしながら考えています。そのためにも1人1人の技術だけでなく満足度の実力をしっかり把握し教育する必要がありました。

次に管理は、全体の現場の進行状況の確認、週1回の親方ミーティングをして少しでもお客様のご要望に添えるように改善していました。
部下の育成は、職人達の仕事上の不安や悩み、プライベートでの不安や問題など一緒に解決してあげられるように月に一回の個別面談をしていました。

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一現場に基本2人で作業に取り掛からせてもらいますので、なんと言ってもチームワークは不可欠です。なので現場、事務所でのコミュニケーションは欠かせません。

もちろんお客様を第一に仕事に取り組んでいますが、職人を1人1人大切にする久保社長の育成をしっかりと受け継いで伝えてきました。なので僕達の会社の職人はプライベートでも遊びに行くくらい仲が良く皆が目標に向かって頑張っています。

僕がこうして職長をさせてもらうまで、たくさんの壁がありました。

その中でも部下の育成は下手くそで、初めの頃は頭ごなしに怒ってしまっていました。それを見た社長がある日「そんな怒り方しとったら3・4年後に苦労するぞ。この調子やったらこれ以上、上にはいかさん。」とお叱りを受けました。

このとき技術ばかり先走り自身の目標から大きくそれていっているのに気付かさせてもらいました。

みんなが付いていきたくなるような上司になれるように必死に考え社長に相談をしたりして、今では何でも相談に乗ってきてくれたり、僕のことを目標にしている職人がいたりと努力の成果が出てきました。

そして、9年間やってきた職人を引退して営業に移り、松阪店の店長を任せてもらう事にまりました。

松阪市 外壁塗装 リペイント匠

僕たちは地域商売ですので一番大切なのはお客様満足度です。「お客様満足度№1」「日本一の技術」の提供はもちろん、何事にも一番にこだわり続けて松阪の皆様にも一番愛される会社になるように一生懸命に取り組んで行きます。地元に根付く屋根・外壁塗装のプロとして『お客様第一』『一生懸命』にこれからも1人1人のお客様の一言一言にしっかり耳を傾けて参ります。

またリペイント匠のYouTubeチャンネルでも、職人の時から出ていますので、色々と自分が出ているシリーズもありますので、ぜひ見てみてください。またこんな動画作ってなどあれば、YouTubeのコメントにください。グッドボタン、チャンネル登録もよろしくお願いします(^^)/

津市 外壁塗装 リペイント匠

下の動画の0:50秒ほどの店舗紹介でも久保社長に紹介して頂いています。

外壁塗装のおすすめの季節、各季節のメリット、デメリット
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